五十嵐大介「はなしっぱなし」

1994〜96年にアフタヌーンで連載されていて、その後単行本化、読みたくても読めない絶版期を経て、2004年に再編されて復刊された短編集。手元にあるのが両方第5版なので(たぶん「海獣の子供」効果だろうと思いますけど)、重版は順調、読めなくなる心配はしばらくは無さそうです。
「超絶的なヴィジュアル」とか評されているように、目を引くのは独創的な自然描写。言えるほど漫画を読んでいるわけではないけど、ここまで生々しくて、説得力のある自然を自分は他に知りません。
緻密に書き込まれていて、かつ感情的でもある。雪の静けさとか、風の荒々しさだとか、実際の雰囲気がそのまま絵に閉じこめられたような、そんな印象を受けます。
自然以外も、たたずまいに趣があって好きです。人物も割と良くて、というか、作者は主な読者層として女性を意識しているそうで、登場人物は女の子が多いんです。自分としては、ここもポイント高いですw。
内容は、ちょっと不思議、でも面白い系。夢か現か、現代版昔話のような、おとぎ話。
幻想的という比喩は、ちょっと違う気がする。白昼夢のような、手を伸ばしたら触れられるんじゃないかと思えるような、そんな夢物語です。
風で舞うYシャツが電車を追いかけたり、爪切りが消しゴムを食べてたりするだけの、取るに足らないような話もあれば、空と海が混じり合ったり、博物館で月見をしたりというような蠱惑的な話もあります。
読んでいると、なにか言い様のない不安を感じるのは、何でだろうと思って、ぱらぱらとページを捲っていたら、登場人物がほとんど無表情なことに気が付きました。
みんな、目の前にある非現実を、何事もないように受け入れ、受け流しているんです。ここに、自分はある種のリアリティを感じたのかもしれません。
作り話だとは思っているけど、お呪いとか幽霊なんかと同じように、もしかしたら現実に存在するかもしれない、という、不安。たぶんそれを感じたんだろうと思いました。
海獣の子供」は、この五十嵐大介が満を持して連載を開始した、初の長編作品。新境地ではあるけれど、五十嵐大介のエキスで満ちあふれたストーリーを、圧倒的な漫画力が支える珠玉の作品。
最後は宣伝というか布教でした。

はなしっぱなし 上 (九龍COMICS)

はなしっぱなし 上 (九龍COMICS)

はなしっぱなし (下) (九竜コミックス)

はなしっぱなし (下) (九竜コミックス)